※これは医療上の助言ではなく、私個人の体験記録です。顔立ちや薄毛の進み方によって、同じ髪の長さでも見え方は変わります。
薄毛に気づいたあと、私は坊主を選びました。
短くすれば、薄い部分と濃い部分の差が分かりにくくなる。
髪型が崩れていないか、風で乱れていないかを気にしなくて済む。
坊主にすれば、薄毛のことを考える時間も減る。
そう思っていました。
私はもともと短髪で、学生時代は野球部でした。
坊主頭そのものに抵抗があったわけでもありません。
だから、極端な選択をしたというより、
一番シンプルで、現実的な方法を試してみた
という感覚でした。
最初は、5ミリにしました。
5ミリにして、最初に感じた違和感
実際に5ミリまで短くしてみると、思っていたのとは少し違いました。
薄い部分と濃い部分の差が、分からなくなると思っていました。
ところが、髪が短くなったことで、一本一本の存在感がはっきりし、
「あるところ」と「ないところ」
の差が、かえって見えやすくなったように感じました。
特に、光が当たったとき。
少し離れた場所から鏡を見たとき。
密度の違いが、はっきり分かりました。
この頃、初めて、
問題は髪の長さではなく、密度なのかもしれない。
と思い始めました。
それでも、5ミリにして悪くなっただけではありません。
髪を伸ばしていた頃よりは、全体がすっきりしました。
「薄毛を隠そうとしている人」というより、
「坊主頭の人」
という見え方にはなったと思います。
ただ、
気にしなくて済むようになったか。
と聞かれると、そうではありませんでした。
鏡を見るたびに、視線が同じ場所へ戻る。
意識しないようにしても、完全には無視できない。
「坊主にすれば楽になる。」
という期待は、この時点で少し揺らぎ始めました。
まだ、短さが足りないのだと思った
5ミリで思ったようにならなかったからといって、すぐ坊主を諦めたわけではありません。
むしろ、
まだ短さが足りないのではないか。
と考えました。
短くすればするほど、薄い部分と濃い部分の差は小さくなるはずです。
まず4ミリにしました。
5ミリよりは、少し目立ちにくくなった気がしました。
でも、
「これなら大丈夫だ。」
と思えるほどではありません。
次は3ミリにしました。
短くするたびに、
「さっきよりは、少しマシかもしれない。」
とは思います。
それでも、薄さそのものが消えたわけではありませんでした。
坊主にすれば、一度で解決すると思っていた。
でも実際には、
5ミリ。
4ミリ。
3ミリ。
と、少しずつ正解を探すようになっていました。
最後は、1ミリまで短くした
短くすればするほど、密度の差は分かりにくくなる。
その考えを、まだ捨てきれませんでした。
そうして最後は、1ミリまで短くしました。
5ミリの頃と比べれば、確かに薄さは目立ちにくくなりました。
欠けている部分も、かなり分かりにくくなったと思います。
ただ、
「薄毛を隠せた。」
と言えるほどではありませんでした。
薄いこと自体は、分かる人には分かる。
その感覚は残っていました。
それでも、少なくとも密度差は小さくなった。
坊主という方法でできるところまでは、かなり来た。
そう感じていました。
目立ちにくくはなった。でも、自然ではなかった
1ミリまで短くしたあと、外出先の窓ガラスに映った自分を見ました。
そこで、強い違和感を覚えました。
1〜2ミリの坊主頭が、どうにも自然に見えなかったのです。
青々としていて、
鏡に映る自分の頭が、
まるで生々しい傷口のように感じられました。
目立ちにくくはなっている。
でも、自然ではない。
薄い部分と濃い部分の差を小さくするために短くしたのに、今度は髪型そのもののインパクトや、生々しさが強くなっていました。
坊主にすれば、薄毛を気にしなくなると思っていました。
しかし実際には、
薄さが目立つか。
坊主そのものが自然に見えるか。
別の二つの問題の間で、迷うことになりました。
家族の反応
妻は、突然の短い坊主頭に少し驚いていました。
私が、
「いや、そろそろかなと思ってさ。」
と言うと、
「えー、まだいいでしょう?」
と返ってきました。
当時3歳だった子どもは、見慣れない頭の私が近づくと、少しあとずさりしました。
周囲が強く否定したわけではありません。
それでも、同じ坊主でも、5ミリと1ミリでは印象が大きく違うのだと感じました。
1ミリは、薄さを馴染ませやすい。
その一方で、髪型としてのインパクトは強い。
どちらを取るかという問題が残りました。
帽子をかぶることが増えた
1〜2ミリにしてから、帽子をかぶることが増えました。
夏は直射日光が熱い。
冬は寒い。
理由はいくらでもありました。
ただ、本当は、
あの頭を、そのまま外に出すことに抵抗があった。
のだと思います。
薄毛を気にしなくて済むように、坊主にした。
でも、坊主にした自分の姿を隠すために、帽子をかぶっている。
そのことにも、どこか引っかかりがありました。
坊主が間違いだったわけではない
それでも、坊主にしたこと自体が間違いだったとは思いません。
5ミリから1ミリまで試したことで、分かったことがあります。
短くすれば、密度差はある程度小さくなる。
セットや風を気にする必要も減る。
一方で、短くしすぎると、髪型そのものの印象が強くなる。
そして、目立ちにくいことと、自然に見えることは同じではない。
これは、実際に試さなければ分からなかったことです。
私の場合、坊主だけで完全に落ち着くことはできませんでした。
ただ、
自分が何に違和感を持っているのか
は、少しずつ見えるようになりました。
私が求めていたのは、単に薄さを隠すことではありませんでした。
薄さが目立ちにくく、髪型そのものにも強い違和感がない。
その間にある、ちょうどよい場所でした。
この先を、どうすればいいのか分からなかった
1ミリまで短くしても、すべては解決しませんでした。
坊主でできる範囲は、ここまでなのかもしれない。
では、これ以上どうすればいいのか。
髪を伸ばして隠す気にはなれない。
AGA治療も、当時はまだ現実的な選択肢だと思っていない。
スキンヘッドにする覚悟もない。
次に何をすればよいのか、分かりませんでした。
坊主にすれば楽になると思っていた。
でも、そこにも自分なりの限界がありました。
このあと私は、薄く見える部分を補う別の方法を探し始めます。
そして、頭皮のアートメイクという選択肢を知りました。
